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大阪地方裁判所 昭和41年(タ)33号 判決

原告 松田カヅ子

右訴訟代理人弁護士 田岡嘉寿彦

同 新堂賢二

被告 中川一樹

主文

原告と被告との間に姉弟関係の在在しないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

「(一)原告は、本籍○○市○区○○町一七番地訴外亡中川利蔵と同人の妻訴外亡中川ノリとの間の長女として大正二年九月二三日に出生し、昭和一〇年四月二〇日訴外松田清一と婚姻して松田の氏を称した。

(二) 被告は、戸籍上は、原告の右亡父母の長男として、大正一二年二月一一日に出生したものと記載されているが、これは真実ではない。即ち、被告は父母不詳の孤児であったのを、亡父が、昭和三年(被告六才のとき)に、当時の婦人矯風会長林歌子及び久布白落実の紹介によって養育を引き受けたもので、同三年一一月五日に、前記の如く亡父母間の長男として、虚偽の出生届をしたのである。

(三) また右亡父母は、被告と養子縁組する意思を有せず、被告の代諾権者による代諾もなく、届出義務者の一人である亡母の届出行為もないから、被告と亡父母との間に養親子関係も成立していない。

(四) 亡母は昭和三五年三月一日に、亡父は同三九年六月二一日にそれぞれ死亡し、原告には他に兄弟姉妹がない。しかるに被告とは前記の如く戸籍上姉弟関係が形成されており、事実に反するこの記載は、原告の身分上重大な影響を及ぼすものである。

(四) よって、原告は、原被告間に姉弟関係の在在しないことの確認を求めて本訴に及んだ。」と述べた。

二、被告は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「被告の両親は誰であるかよく分らないが、被告としては、亡中川利蔵と亡中川ノリを生みの親と信じている。」と述べた。

三、≪証拠省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、原告は、中川利蔵(本籍○○市○区○○町一七番地、昭和三九年六月二一日死亡)とその妻ノリ(昭和三五年三月一日死亡)との間に、大正二年九月二三日に出生した長女であることを、また≪証拠省略≫によれば、被告は、戸籍簿上右両名間に大正一二年二月一一日に出生した長男として登載されていることを、それぞれ認めることができる。

二、しかし、以下に認定するとおり、被告は中川利蔵及びノリのいずれの子でもない。

即ち、≪証拠省略≫をあわせ考えれば、ノリは利蔵との間で原告以外の子を産んだことはないこと、被告は昭和三年に、当時婦人矯風会の会長で、且つ孤児院博愛社の顧問でもあって、東京と大阪とを繁く往来していた林歌子によって、大阪市在住の知人である利蔵のもとに始めて連れてこられたこと、これより先利蔵は、歌子に対して、原告だけでは女の子でもあるし淋しいだろうから、男の子でもあったらと思うけれど、産めなかったのでひとりほしいものだと話していたこと、被告の出生場所は○○府○○○郡○○○○○町三五六番地であるが、ここには婦人矯風会関係の事務所もしくは施設があり、他方利蔵によっては何らの地縁もなかったこと、利蔵は、被告を七才(数え年)で小学校に入学させるべく、その産まれた月日を紀元節は日がいいからとて二月一一日(大正一二年)として、昭和三年一一月五日に出生届をしたこと、以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被告はいわゆる貰い子として、父母不詳のまま利蔵及びノリに引き取られたものと推認すべく、この推認を妨げる特段の事情は、本件にあらわれた一切の資料を以てしても認められないから被告がノリの子でないことはもとより、利蔵の子でもないといわなければならない。

三、なお、本件においては、被告と利蔵及びノリとの間に養親子関係の成立を認めることもできない。蓋し、さきに認定したところによれば、利蔵の縁組意思と届出とを擬制することはともかくとして、ノリについてはこれを認めるに足りず、他にこの点に添う資料は見出せないこと、及びさきの認定に徴して明らかなように、被告の代諾権者が何人であるかは不明というほかはなく、従ってその実質的な縁組の承諾意思を推し測るべき事実を認め得ないこと、によるのである。

四、最後に、当裁判所は、姉弟関係というが如きいわゆる支分的身分関係の不在在の確認を求める請求も、それが本件のように、原被告の戸籍上の父母(原告にとっては同時に実父母)が共に死亡し、且つ被告の実父母不詳であって、他に原被告間の身分関係をただす手段が在在しない場合(ちなみに、原告が被告のみを相手方として、直接戸籍上の亡父母と被告との親子関係不在在確認を求めることは、その身分関係の一方の主体である亡父母を当事者として訴訟関与させる道が講じられない以上、許されないものと解せられる)には、これを認めるのが相当であると考えるのであり、かくして、これが確認判決を得れば、戸籍簿上姉弟関係として公示されている誤った身分関係を訂正することも可能となるのである。

五、以上の次第で、原告と被告との間には姉弟関係が在在せず、これが確認を求める本訴請求は理由があるので、認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高野耕一 裁判官 杉山伸顕 吉田昭)

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